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千葉地方裁判所 昭和54年(行ウ)7号 判決

東京都荒川区西日暮里二丁目四〇番二号

原告

高遠衡

右訴訟代理人弁護士

布留川輝夫

千葉県松戸市小根本五三番地の三

被告

松戸税務署長

野見山雅雄

右指定代理人

中西茂

西堀英夫

佐藤鉄雄

永野重知

柏倉幸夫

岩崎輝弥

主文

一  原告の主位的請求に係る訴えを却下する。

二1  原告の予備的請求に係る訴えのうち、延滞税賦課決定処分が無効であることの確認を求める部分を却下する。

2  その余の原告の予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(主位的請求)

1 原告の昭和四八年分所得税について、被告が昭和五二年三月一一日付けでした更正並びに加算税及び延滞税を賦課する旨の決定を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 原告の昭和四八年分所得税について被告が昭和五二年三月一一日付けでした更正並びに加算税及び延滞税を賦課する旨の決定は無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の主位的請求を却下する。

2  原告の予備的請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和四九年三月一五日に原告の昭和四八年分所得税の確定申告をなし、その際、同年分の所得税額四万九、五〇〇円を納入した。

2  被告は、昭和五二年三月一一日付けをもって昭和四八年分所得税の更正処分及び加算税の賦課決定処分(以下、本件各処分という。)をし、同年四月一四日原告にその旨を通知した。

3  原告は、昭和五二年六月九日、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、同年九月八日付けで右異議申立てを却下し、同月一五日その旨を原告に通知した。

4  そこで、原告は、昭和五二年一〇月七日、国税不服審判所長に対して申告所得税の審査請求をしたところ、同所長は、昭和五三年七月五日、右請求を却下し、原告は、昭和五四年四月一一日ころこれを知った。

5  被告がした本件各処分には次の違法事由がある。

すなわち、国税通則法(以下「通則法」という。)七〇条一項一号の規定によれば、更正は、その更正に係る国税の法定申告期限から三年を経過した日以後においてはすることができないものとされており、それは、更正処分の通知が右の期間内にその相手方に到達することが効力の発生要件として必要であるとの趣旨と解すべきものである。ところが、本件各処分の通知は、相手方である原告には昭和四八年の法定申告期限から三年を経過した日の後である昭和五二年四月一四日に到達したのであるから、本件各処分は、違法なものであって、無効なものである。

6  よって、原告は、被告に対し、主位的には被告のした本件各処分及び延滞税賦課決定の取消しを求め、予備的に右各処分が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告は、昭和五二年三月一一日原告の生活の本拠であった千葉県鎌ケ谷市初富二七九番地の三(以下「鎌ケ谷の住所」という。)において、従前から原告と同居し、原告と内縁の関係にあった訴外川村トシエ(以下「トシエ」という。)に本件各処分の通知書を手交したから、これによって本件各処分の通知の効力は発生した。ところで、通則法七七条一項の規定によれば、本件各処分に対する異議申立ては、処分の通知を受けた日の翌日から起算して二月以内にされなければならないところ、原告は、昭和五二年六月九日に本件各処分に対する異議申立てをしたのであるから、原告のした異議申立ては、右の期間経過後にされた不適法なものであり、被告は、同年九月八日これを却下した。したがって、本件各処分の取消しを求める原告の主位的請求に係る訴えは、通則法一一五条一項の規定に係る不服申立ての前置を欠くものであって、不適法なものである。

2  また、国税不服審判所長は、本件各処分にかかる原告の審査請求について、昭和五三年七月五日付けで却下の裁決をし、同裁決書の謄本は同月一一日原告に送達され、原告は同日右裁決があったことを知ったものというべきであるところ、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一四条一項及び四項の各規定によれば、取消訴訟は裁決があったことを知った日から三箇月以内に提起しなければならないのであるから、昭和五四年六月四日に提起された本件各処分の取消しを求める訴えは、法定の出訴期間を徒過したものであって、不適法なものである。

三  本案前の主張に対する原告の答弁

1  原告は、昭和五二年二月下旬その生活の本拠を鎌ケ谷の住所から千葉県長生郡一宮町一宮三〇八番地(以下「一宮の住所」という。)に移転し、そのころその旨を被告に連絡した。また、トシエは、同年三月一一日当時鎌ケ谷の住所に居住していたものの、同月初めころから既に原告との内縁関係が消滅していたのであり、原告は、一宮の住所に居住していたのであるから、トシエは、原告と同居している者ではなかった。通則法一二条五項一号は、交付送達は、「同居の者で書類の受領について相当のわきまえあるものに書類を交付すること」と規定しているが、トシエは、同居の者でなかったばかりでなく、本件各処分の通知を受領した当時、精神分裂病により入院を繰り返し、通院を継続していたのであって、その精神的能力は書類の意味を理解し、かつ、それに応じて善後の措置をとるというようなことができなかったものであり、「相当のわきまえあるもの」には該当しない者であった。

したがって、原告は、本件各処分の通知書を昭和五二年三月一一日に受け取ったことにならない。

2  また、原告は、審査請求が昭和五三年七月五日付けで却下されていたのを、昭和五四年四月一一日に至って知った。したがって、原告の主位的請求に係る訴えは、行訴法所定の出訴期間を徒過したものでない。

四  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実のうち、被告が昭和五二年四月一四日原告に本件各処分の通知をしたことを否認し、その余の事実を認める。

3  同3の事実のうち、被告が昭和五二年九月一五日原告に異議申立て却下の通知をした事実を否認し、その余の事実を認める。

4  同4の事実のうち、原告が審査請求却下の裁決を昭和五四年四月一一日ころ知った事実を否認し、その余の事実を認める。

5  同5の主張を争う。

五  被告の主張

被告は、昭和五二年三月一一日付けをもって本件各処分をなし、同日原告の生活の本拠であった鎌ケ谷の住所において、原告と同居していたトシエに本件各処分の通知書を手交した。

したがって、本件各処分は適法になされたものである。

六  被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張を争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第六号証

2  証人加藤巌

3  乙第五ないし第九号証、第二〇号証、第二三号証の一の成立はいずれも知らない。乙第一五、第一六号証、第二三号証の二の各郵便官署作成部分の成立を認めるが、その余の作成部分の成立はいずれも知らない。乙第一一号証の原本の存在と成立を認める。その余の乙号各証の成立をいずれも認める。

二  被告

1  乙第一ないし第二二号証、第二三号証の一、二

2  証人加藤巌

3  甲第一号証の成立は知らない。甲第二号証、第五、第六号証の成立をいずれも認める。甲第三、第四号証の原本の存在と成立をいずれも認める。

理由

一  主位的請求について

1  被告が昭和五二年三月一一日付けをもって本件各処分をした事実は、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第一号証及び証人加藤巌の証言によれば、被告の担当職員は昭和五二年三月一一日午後四時〇七分、鎌ケ谷の住所(千葉県鎌ケ谷市初富二七九番地の三)において、本件各処分の通知書をトシエに手渡し、その際トシエに対し、その通知書を原告に手渡すよう依頼したうえ、トシエに送達記録書の受取人欄に署名させかつ受領印を押捺させた事実が認められる。

通則法一二条一項には、「書類は、郵便による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達する。」と規定され、交付送達については、同条五項一号において、「送達すべき場所において書類の送達を受けるべき者に出会わない場合」には、「同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるものに書類を交付すること」ができると規定されているので、被告のトシエに対する本件各処分の通知書の交付が右規定の要件に該当しているか否かを検討する。

3  原本の存在と成立に争いのない乙第一一号証によれば、原告は、外国人登録原票上、昭和四七年一二月七日、鎌ケ谷の住所に居住地を変更した後、同四九年三月一四日一宮の住所に、同五一年一一月一日鎌ケ谷の住所に、同五二年三月一〇日一宮の住所に、同五三年八月一六日鎌ケ谷の住所にと交互に居住地を変更し、その旨の登録をしている事実が認められる。

4  ところが、前記乙第一一号証、いずれも成立に争いのない甲第六号証(ただし、後記の信用しない部分を除く。)、乙第四号証、第一〇号証、第一二、第一三号証、第一七、第一八号証、第二一号証、いずれも郵便官署作成部分は成立に争いがなく、その余の作成部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一五、第一六号証、原本の存在と成立に争いのない乙第二二号証、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきである乙第五ないし第七号証、第二〇号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第八、第九号証、証人加藤巌の証言によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、外国人登録原票上、居住地を一宮の住所に変更していたのに、昭和五〇年三月二八日になした不動産売買契約に関する合意書に鎌ケ谷の住所を自らの住所として記載した。

(二)  原告は、昭和四四年七月二八日に開設した訴外株式会社千葉銀行鎌ケ谷支店の当座預金口座を昭和五二年三月当時もしばしば利用していたが、同口座開設に当たって住所としていた鎌ケ谷の住所を一宮の住所に変更する手続をしたことがなかった。

(三)  原告は、その経営する訴外犬吠埼観光株式会社のために訴外桜井商事から昭和五〇年一二月ころ金八〇〇万円の融資を受けたが、その際桜井商事の社員に対し、自分は鎌ケ谷で生活し、一宮は別荘であると話していて、実際にも登録票は当時一宮であったのに、鎌ケ谷の住所で生活しており、桜井商事では右債務の弁済期である昭和五一年七月ころから原告に前記債務の返済を督促するため、その社員は鎌ケ谷の住所に架電して原告と通話したり、後には鎌ケ谷へ赴き直接原告と再三面会するなどの方法をとった。そして、昭和五二年六月一四日に抵当権実行通知書を鎌ケ谷の住所の原告及びトシエ宛に郵送し、右通知書は同月一七日に配達されているが、これに対し原告が何らかの異議を申し立てた様子はない。

(四)  原告の昭和五二年三月当時の電力使用量は、鎌ケ谷の住所において一一二キロワット、一宮の住所において九キロワットであった。

(五)  トシエ(昭和七年七月五日生)は、昭和四二年三月ころ以降鎌ケ谷の住所に居住し、住民登録もなしている者で、昭和五〇年一二月ころ前記桜井商事の社員が鎌ケ谷の住所を訪れた際には原告と同居しており、同社員には原告とトシエとの言動からして、トシエは原告の内妻と認識され、原告は、昭和五二年度所得税の確定申告書に、トシエを自らの日本名である加藤を冠して配偶者控除欄に記載している。

(六)  被告職員は、昭和五二年二月中旬、一宮の住所を管轄する茂原税務署から、原告が一宮に居住せず鎌ケ谷に移転しているとの通知を受け、原告の外国人登録原票を調査したうえ、同月一八日鎌ケ谷の住所を訪れたところ、原告は不在にてトシエが応対したが、同女は、前記職員の「奥さんですか。」との問に「そうです。」と答え、同職員から「ご主人に二月二二日に電話をするか来署するよう伝言してくれ。」と言われるや、「伝言しておきます。」と答え、更に、同職員の「一宮町の方は住居ですか。」との問に「一宮は別荘です。」と答えた。

なお、その際家の中には男物の背広が掛かっているのを同職員は認めた。

(七)  同月二二日トシエから被告職員に対し電話があり、「本人(原告)は韓国に今月一杯帰っているので、その後に(連絡は)して欲しい。」旨の申述があり、その後同年三月上旬、原告から同職員に対し電話があり、「一宮の方に住居があり、申告も茂原税務署でやったのでそちらでやってくれ。」との連絡があった。

(八)  前記の三月一一日、被告職員らが再び鎌ケ谷の住所を訪れた際、応対したトシエは、同職員らに対し、原告は夜でないと帰って来ない旨述べたが、前記本件各処分の通知書は、「これをご主人に渡してもらいたい。」との同職員の言葉に「はいわかりました。」と答えるとともに異議なくこれを受取った。

以上のとおり認めることができ、前記甲第六号証のうち右の認定に反する部分は、前掲の各証拠と対比して信用することができない。

5  次に、トシエが「同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるもの」に該当するか検討する。

前記4の(五)ないし(八)に認定した各事実によれば、トシエは、当時原告と同居していた者であったことが認められる。

また、前掲乙第五号証、第一〇号証、証人加藤巌の証言によれば、被告職員が前記のように二回にわたりトシエと応対した際、その言動に特段変わったところはみられなかったことが認められる。

原告は、トシエが当時精神分裂病に罹患していたことをもって書類の受領についてその能力がなかったと主張し、甲第一号証によれば、トシエが精神分裂病にて昭和四六年一二月から昭和五三年四月迄の間に入院を六回繰り返していた事実をうかがうことができ、かつ甲第六号証中には、トシエが豚の飼料を間違ったとの記述がある。

しかし、精神分裂病であるとしても常時精神が異常な状況にあるわけではなく、当時トシエは退院していたもので、特段の介護者を付添わせていた様子もなかったのであるから、病気は軽快状態であったと推認される。そして前記のように被告職員との応対に異常な点はなかったことを総合すれば、トシエはある程度の事理の弁識能力に欠けるところはなかったものと認められ、「書類の受領について相当のわきまえのあるもの」に当たるというべきである。

6  ところで、人が一定の場所に住所を有するや否やは、その場所に生活の本拠と認められるべき実質的な生活関係があるかによって判断すべきであるところ、前記4に認定した事実に照らせば、原告は、昭和五二年三月一一日当時、外国人登録原票上においては、その居住地を一宮の住所としていたのであるが、原告の生活の本拠としての実質的な生活関係は、鎌ケ谷の住所において営まれていたものと認めることができるのであるから、原告の住所は右の鎌ケ谷の住所にあったものと認めるのが相当である。

また、前記4及び5に認定したとおり、トシエは、昭和五二年三月一一日当時、原告と同居していた者であって、書類の受領について相当のわきまえを有する者であった。

そうすると、本件各処分の通知書は、昭和五二年三月一一日鎌ケ谷の住所において、トシエに交付さされたことにより、原告に対して適法に送達されたものと認めることができる。

もっとも、前記甲第六号証によれば、原告は、同年三月初旬ころ被告の職員に対し、原告の住所を一宮の住所へ移転すると告げた事実を認めることができるのであるが、原告は、実質的な生活関係を一宮の住所へ移転したわけでなく、生活の本拠を鎌ケ谷の住所に留め置いたのであるから、原告が事前に被告の職員に右のように告げていたからといって、そのことが本件各処分の通知書の送達の効力に影響を及ぼすようなことはない。

したがって、本件各処分の通知の効力は、昭和五二年三月一一日に生じたものということができる。

7  原告が昭和五二年六月九日被告に対して本件各処分について異議申立てをし、被告が同年九月八日これを却下した事実は、当事者間に争いがなく、通則法七七条一項の規定によれば、不服申立ては処分があったことを知った日の翌日から起算して二月以内にしなければならないところ、原告の異議申立ては、右の期間を徒過した後になされたもので、不適法なものであった。

してみれば、本件各処分の取消しを求める原告の訴えは、通則法一一五条一項の規定に係る不服申立ての前置を欠くこととなるから、不適法なものというべきである。

8  また、原告は、被告が昭和五二年三月一一日付けで延滞税を賦課する旨の決定をしたと主張し、右の賦課処分の取消しを求めるというのであるが、被告が右の賦課処分をしたとの事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、右の賦課処分の取消しを求める原告の訴えは、その対象を欠くものとして、不適法なものというべきである。

二  予備的請求について

1  被告が昭和五二年三月一一日付けをもって本件各処分をした事実は、当事者間に争いがない。

2  本件各処分の通知書が、昭和五二年三月一一日鎌ケ谷の住所において、原告と同居していたトシエに交付され、原告に対して適法に送達されたものと認めることができることは、前記一において説示したとおりである。

3  してみれば、本件各処分の通知が昭和五二年四月一四日に原告に到達したとして、本件各処分が無効であることの確認を求める原告の予備的請求は、その前提を欠き、失当なものというべきである。

4  また、原告の予備的請求のうち、延滞税の賦課処分についてその無効であることの確認を求める訴えが不適法なものであることは、前記一の8に説示したところと同じである。

三  結論

よって、主位的請求に係る訴え及び予備的請求に係る訴えのうち、延滞税賦課決定処分が無効であることの確認を求める部分を却下し、その余の予備的請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 池本寿美子 裁判官 小野洋一)

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